不敬罪

これは書こうかどうか迷いましたが書く事にしました。

結構、保守系の人って不敬罪を制定するべきと言う人が多いのですが、私はそれに対して疑問を感じているんです。

私、思うんですけど天皇陛下を敬えないのであれば国籍を離脱すれば良いのではないかと。

それでも日本から出て行かず暴れ回っているのであれば、国の統治機構の破壊と言う意味で「内乱罪」によって裁けば良いのではないかと思うのです。

話を日本の建国から話しますと、確かに神武天皇天皇に即位されるまでは争いはあったと思います。

しかし神武天皇が即位されたとき「八紘一宇」と言う建国の精神を掲げられました。

これは天皇陛下を中心に、全世界が一つの家族のように暮らすと言うものです。

流石にこのご時世に他国までこの理念を押しつける事は出来ないと思いますが、少なくとも日本においてはこの精神に共感出来ないのであれば、他国で生きていく事を選択した方がその人らしい生き方が出来るのではないでしょうか。

言うまでもなく建国の精神とは日本特有のものではなく他の国にも存在します。
例えばアメリカでしたら自由、平等、幸福追求の権利ですし、フランスであれば自由、平等、友愛です。

もし神武天皇が掲げた八紘一宇と言う精神が合わないのであれば、他国の国籍を取得すれば良いのではないでしょうか?

良く左側の人は「八紘一宇」とは、かつて日本が他国を植民地化する際に用いたスローガンであると言いますが私は違うと思います。

まず「植民地」と言う言葉が、いわゆる西洋人型の植民地と日本人型の植民地では植民地を指す意味が違うと言う事です。
我々が植民地と聞いて頭に浮かぶのは奴隷支配ではないでしょうか。かつて日本も「植民地」と言う言葉は使っていましたが、日本人型の植民地化とは率先して日本人が汗を流す事でした。パラオバングラデシュ、日本は日の丸三兄弟と言われますがパラオバングラデシュの方逹が日本に対し好感を持ってくれているからではないでしょうか。

話を不敬罪に戻します。私が不敬罪に対して疑問を感じている他の理由として、敬うと言う行為は刑罰を科すと脅されてするものなのでしょうか?

例えば皆さんも人生で一度は尊敬出来る人がいたのではないでしょうか。その尊敬出来る方に対しての言葉遣いや振る舞いは、自分の友人や家族に対してするものとは違ったのではないでしょうか?

天皇陛下とは「権威」です、「権力」ではありません、権力より上にあるものなのです。例え力によって権力を手に入れたとしても、それを上回る存在が天皇陛下なのです。そして天皇陛下は政治を行いません。当然、政治に対して責任をおいません。(例外的に、後醍醐天皇がやむにやまれぬ事情により政治を行おうとしましたが追放されました)

では、「権威」とはなんでしょう?私は権威とは「尊敬と信頼」ではないかと思います。
皆さんが尊敬出来る方に礼をはらうのは、その人に暴力を振るわれるから、とか暴言を吐かれるから、ではないと思います。その人を信頼し尊敬しているからではないでしょうか?
もし、脅しによって表面上従っているのであれば、それは「権力」によって抑えられている状態なのではないでしょうか。

刑法についても少し触れておきます。刑法にはその犯罪によって得られる満足感より、その犯罪を行って科される罰を重くする事によって犯罪を未然に防ぐと言う働きがあります。
ですから「不敬罪」と言う法律が制定されたとき、天皇陛下を冒涜するような感情を持った人がいたとします。その人は本当は天皇陛下に暴言を吐いてやりたい、しかし不敬罪がある、だから表面上おとなしくする…。

果たして天皇陛下はその程度の存在なのでしょうか?刑罰を制定する事により脅して従わせる、そんな存在なのでしょうか?我々は尊敬し信頼出来る存在、その様な存在の前では自然と礼を払うものなのです。刑罰があるから従うのではないのです。私は「不敬罪と言う法が存在する事が天皇陛下の存在を矮小化して不敬」ではないかと思うのです。

例えば「あいさつ」の話に例えましょう。あいさつをされたときに、あいさつを返さないとしましょう。
大変失礼な事ですが、別に罪にはなりません。でも罪にならないからそれでいいのでしょうか?
はたまた「あいさつ無返答罪」のような罪を制定して強制的にでもあいさつさせるようにした方が世の中良くなるのでしょうか?私はバカバカしく感じます。皆さんもそう感じたのではないでしょうか?
あいさつされたら、あいさつを返す事が常識だと思うからです。そんな最低限の常識を持たない人には社会的制裁が下るのです。廻りの人が指導するのです。

私がこの「不敬罪」と聞いて頭に浮かぶのが「習近平クマのプーさん禁止」です。
もし日本が独裁国家だったなら不敬罪は納得出来るのです。何故なら力で押さえ込むやり方だからです。
しかし、日本は民主主義国家です。民主主義国家とは、ある程度国民の理性によって成り立っているところもあるのではないでしょうか?もし、どうしても不敬罪と言うものを制定するのであれば学校教育で神話なり古事記を学習させる事により、国家のなり立ちをしっかり理解させる事も同時にするべきであると思います。いや、現時点でも教えるべきです。
戦後の学生運動の原因はGHQによる神話学習禁止、それに代わり学習する意義の低い石器時代に変えられたこと、それにより天皇陛下に対して敬意を払えなくなったのではないかと思います。

いずれにせよ、私は神話から学び、古事記、日本書記等しっかりと国家の成り立ちを学んだにもかかわらず、皇室に対して敬意を払えない者がいたならば、みんなで日本から出て行けと声を上げて叩き出せばいいと思います。それと同時に日本人の理性によって守られていく皇室であってほしいと願います。